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「 TPP大筋合意」私が目撃した、日本の官僚がアメリカの利益を代弁する実態!



アメリカと経済協定を結んだ国の末路は悲惨!!


TPP(環太平洋パートナーシップ協定)が、ついに大筋で合意に達しました。
 
先週号では、「アメリカ中心の自由貿易協定」という基本構図だけでなく、交渉内容が非公開である点でも、過去のGATTウルグアイ・ラウンド交渉(1986年~1994年)やWTO交渉(1994年~)とまったく同類だという話をしました。

今週は、GATTやWTOの交渉現場に直接関わった私の経験から、TPPの不安要素について話したいと思います。
 
TPPを簡単に表現すると、「アメリカ中心の多国間自由貿易協定」ということ。

その先例が、NAFTA(北米自由貿易協定。1994年~)という、アメリカ、カナダ、メキシコの3カ国間協定です。
 
しかし締結から約20年が経った現在、アメリカからの怒涛の投資によって多数の企業が買収・売却され、カナダとメキシコの経済はまるでアメリカの属国の様相になってしまっている。
 
そんな悪しき前例を見せつけられれば、アメリカと自由貿易協定を結びたい国など出現するはずもない。

アメリカと2国間で自由貿易協定を結んでいる国のほとんどは、ホンジュラスやパナマなど、アメリカの圧倒的な影響下から逃れる術もない国々ばかりです。

なぜアメリカが圧勝してしまうのか? 

それはアメリカが、どの国もまともに対抗できないほどの圧倒的な経済力と産業競争力を持っている上に、相手国にハンディ無しの「自由競争」を要求するからです。
 
モノやヒト、サービス、お金が自由に行き来できる「自由貿易」は、一見“フェア”な経済ルールにも見える。

でも実際には、産業競争力が強くて経済規模の大きな国が必ず勝つ、弱肉強食の世界になってしまう。
 
柔道やボクシングで体重別を廃止し、全て無差別級にしてしまうようなものなのです。
 
しかし日本では、約20年前のGATTウルグアイ・ラウンド交渉当時、「完全な自由競争こそグローバルスタンダードだ」と妄信されていました。

それどころか、「参加しないと世界から取り残される」という見当違いな危機感まで社会に蔓延していた。
 
TPPに関する現在の日本政府の言い分によく似ていますよね。
 
当然、日本以外の世界各国は、アメリカが目指す「無差別級の経済勝負」を警戒した。

その結果、特にBRIC’s(ブラジル、ロシア、インド、中国)をはじめとする新興国の猛反対で、GATTウルグアイ・ラウンド交渉は「不成立」となったのです。
 
もともとTPPは、シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリの4カ国間で始まったもの。

そこに、誰もが避けたがる“無差別級勝負”を推進したいアメリカが、2008年、圧倒的な外交力で強引に“割り込み参加”したのです。 

さらにカナダやメキシコ、オーストラリア、日本などを巻き込んで拡大化にも成功した。
 
アメリカとの自由貿易協定を2国間で締結したい国なんていない状況で、TPP交渉に横入りして一挙に10カ国以上と締結するチャンスをまんまと手にしたわけです!
 
一方の日本は、すでに現時点で15の国・地域と経済連携協定を結んでいる。

その締結国は、アメリカとシンガポールを除くと、TPP参加国のほぼ全てが含まれているのです!! 

「TPP参加で東南アジア市場にチャンスが広がる」なんて寝ぼけたことを言う専門家もいますが、シンガポール以外の東南アジア各国とは既に単独で経済協定を結んでいるのです。

では、なぜ日本は、今さら巨大なリスクを冒してまで、アメリカに“無差別級勝負”を挑もうとしているのでしょうか?


国益より省益や出世を優先させる霞が関官僚


今回のTPP交渉は交渉内容が原則非公開とされています。

しかし、これ自体は国際交渉において特別なことではありません。

GATTウルグアイ・ラウンド交渉が大詰めを迎えていた当時(1993年)も、与党の国会議員でさえ詳しい状況を知ることができませんでした。 
 
特に松岡利勝さん(2006年に農水相就任)は「コメの自由化」に強い危機感を持っていたため、業を煮やした彼と私は独自の議員外交を断行します。

スイスのジュネーブにあるGATT本部やUSTR(アメリカ通商代表部)の大幹部、ワシントンの関係議員などを相手に直接ヒアリングを行ったのです。

そこでまず判明したのが、「コメの自由化は日本側から言い出した」という衝撃的な事実。

さらに、「完全な自由貿易」が理念のウルグアイ・ラウンド交渉なのに、アメリカ側も、国内事情に配慮して例外品目を設ける交渉を水面下で他国と行っていることが判明。
 
日本では誰も知らない驚愕の事実でした。
 
ここでひとつ面白いエピソードがあります。
 
われわれがGATT本部への訪問を終え、在ジュネーブ日本代表部に引き上げてきた時のこと。

ある農水省の高官にばったり出くわしました。
すると彼は、慌てた様子で脱兎のごとく走り去ったのです。
 
なぜか?
 
実はわれわれがGATT本部を訪問する直前、自民党本部で農林関係会議が開催されました。
 
そこで日本の農業交渉担当責任者であるその高官から、「状況は大変厳しいが最後までコメを守るために交渉を続けていきます」と報告を受けていたのです。
 
彼は農水省で大臣、事務次官に次ぐナンバー3のポジション。優秀かつ人格者で知られた人物でした。

コメの自由化は日本から言い出したという、彼らが隠ぺいしていた事実がバレたことを察したのでしょう。
 
帰国後、われわれは「アメリカでさえ国内事情を優先して例外を設けるのだから、日本のコメ自由化も例外にすることが可能です」という、日本の国益となる知らせを宮澤喜一首相(当時)に報告しに行きました。
 
そして松岡さんの報告がコメの話に及んだ瞬間……。
 
それまでは「いつものコメ自由化反対論か」と興味無さげに聞いていた宮澤首相の表情に驚きが走り、「え!?本当に?」と身を乗り出してきました。
 
そしてまさにその瞬間!

外務省から派遣された総理秘書官が突然、「総理、お時間です!」と言って、首相を引きずるようにして別室に連れて行ってしまったのです。

「コメの自由化は日本側から言い出した話だった」という、日本の食糧安全保障にも関わる重大な事実を、外務省を含む日本の全役所は、トップである総理大臣に「知らせないこと」にしていたわけです!!

信じられないでしょうが、これが日本の実態です。

日本では、国の運営に関わる全情報は一旦各省庁に入ります。

そこから役人用語でいう「整理」を行ない、「伝えて良い」と判断したものしか首相や大臣の耳に入らない仕組みなのです。
 
つまり、宮澤首相に伝わらなかった重大情報は、役人たちが「これは良くない」と「整理」した一例なのです。
 
日本の省庁は「国益」よりも「省益」を優先し、そのためなら重要な情報の隠蔽や偽装も平気でやる。

これが、私が見た日本の統治機構の実態です。
 
例えば、外務省の場合、北米担当部署が出世コースです。

そしてアメリカ政府の幹部たちから評判の良い外交官が出世する。
 
しかし考えてみてください。アメリカから評判がいい外交官って、要はアメリカの言いなりになる人のことでしょ?

日本の外交官なのに、アメリカの国益を代弁するほど出世して、権力者になってしまうのです。
 
ちなみにこのときの交渉で、農水省は6年間で約6兆円の「ウルグアイ・ラウンド予算」を勝ち取りました。

コメの輸入を自由化する代わりに農業を保護・育成する名目の予算でした。

そしてGATT交渉が不成立になった後も、この予算は計上され続けました。

安倍晋三首相や甘利明TPP担当大臣をはじめ、政府首脳はいったい「誰からの情報」を根拠に今回のTPP参加を決めたのか? 
 
私が一番心配なのは、まさにそこなのです。

週刊プレイボーイ 201年 No43号「池田和隆の『政界斬鉄剣!!! 』」特別編より